この2年余にわたってリアルな往来を制限してきたコロナ禍は、とりわけ人々を集めて賑わいを創出するビジネスに対して大きなダメージをもたらした。ただ一方では、感染症リスクを避けながら交流できる仮想空間が注目を集めるきっかけともなり、これを機にメタバースへの進出を本格化させた企業も少なくない。
大阪を代表する繁華街に立地する株式会社阪急阪神百貨店の阪神梅田本店は、店舗建て替えの完成を前にコロナ禍に見舞われ、顧客との新たな接点を求めてメタバース上での催しをスタートさせたという。新分野に託した思いや、ここまでの感触について、担当する吉川直希氏(株式会社阪急阪神百貨店 阪神梅田本店 フード商品統括部 フード催事部 バイヤー)に聞いた。
-まず、吉川さんの担当業務についてご紹介ください。
阪神梅田本店で食品売り場の催事を担当しています。阪神梅田本店は食の品揃えに強みを持ち、関西では「食の阪神」とも呼ばれています。
私は阪急阪神百貨店に入社してから10年以上、催事担当としてリアル店舗での催事の企画、お取引先との出店交渉、現場運営といった仕事を続けてきました。現在もメタバース専門の担当というわけではなく、新しい企画に手を挙げてチャレンジできる社内環境を生かして、催事担当の仕事の延長として兼務しています。
-実会場の催しに加え、メタバースでのイベントにも携わるようになった経緯をうかがえますか。
2020年の春以降、デパートはパンデミックに伴う休業要請などで店を開けられない期間が断続的に続き、リアル店舗というあり方そのものが揺らぐ厳しい状況に置かれました。
一方、リアルな対面を控えなければならない環境下で、コミュニケーションの手段としてVR(仮想現実)、メタバースといったトピックが注目を集めるようにもなりました。そんな中で私は、東京の同業他社で働く近しい年代の方々が世界最大のバーチャルイベントである「バーチャルマーケット」に出店したというニュースに触れ、大きな衝撃を受けました。
デパートの実店舗外観や売り場を模したリアルなCGが外注ではなく、社員による自作だったことを知り、「何とか私たちもバーチャルを通じてお客様と接点を持ちたい」と、メタバースの世界に飛び込んだのが、今回の取り組みの始まりです。
-そこで、同年の暮れから約3週間開かれた「バーチャルマーケット5」に、さっそく初出店されたのですね。
はい。このときは当時の実店舗を模した仮想の店内で最新型の阪神電車のミニチュアモデルを走らせ、阪神梅田本店の地下にある人気店「阪神名物いか焼き」をはじめとする食カテゴリーの商品をCGで再現したほか、新店舗外観の3DCGモデルが既にあったのを活用し、建て替え後のイメージもお伝えしました。
また、日頃InstagramやTwitterでデパ地下のおやつなどを紹介している社員が「アバター販売員」として案内役に加わったほか、CGで再現した商品を実際に購入できるよう、ECサイトともリンクさせました。会期中には、CGそのままのサイズの特大バームクーヘンが届いて驚かれたお客様による、Twitterへの写真付き投稿が“バズる”といった展開もみられました。
リアルの阪神梅田本店にお越しになるお客様は地元関西に住む、40代より上の年齢層の方が圧倒的に多いのですが、バーチャルでは全国・全世界から参加している30代以下の方が9割を占めました。これは主に、イベント参加者の母集団そのものが若かったためですが、これまでリアル店舗で接点のなかった新たな層に当店を認知いただくよい機会となりました。
そのほか、ウィズコロナからアフターコロナも見据えた新しい試みとしてのメタバースが注目されていたこともあり、メディアからの取材を多数いただき、パブリシティの面でも想定以上の成果が得られました。
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